今井 康夫 個展
花と感受性Ⅶ―絵画と素描―「チューッリプ、もしくは天使的な会話」
Flowers and Sensitivity—Paintings and Drawings—”Tulips, or Angelic Conversation“
2026年3月31日(火)~4月12日(日)
11:00~17:00(最終日16:00)
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…いわゆるルネッサンス期のイタリアにはたくさんの「天使」の画が残されている。であるから私は、あの時代にはたくさんの「翼あるもの」がイタリアに飛来していた、そしてそれを見ること、描くことができた人たちがいたのだとはるかに想うのである… —「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」、アントニオ・タブッキ、古賀弘侔 訳、青土社、訳者あとがきより—
レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「受胎告知」の画の大天使ガブリエルの足元にチューリップの花が描かれているのをご存知だろうか。ほとんど無彩色のグリザイユで描かれているためか、また、ほかの野の草に紛れて描かれているためかあまり目立たないが、少し捻じれたような、斑入りの大きめの花びらはまさしくチューリップである。古来よりヨーロッパではチューリップは、聖母マリアのアトリビュートとして描かれることも多かったそうである。
このダ・ビンチの画のチューリップのことをある本で知った時、わたしには既視感があった。もうずいぶん前にわたしが描いた、一対のチューリップの素描、それらのチューリップとよく似ていたからである。品種はグリーン・パロット、緑色のオウム咲き。1999年の1月に京都の四条河原町にあった阪急百貨店の一階の花屋で見つけて買って帰ったものだ。そしてレストランの仕事から帰宅して、夜遅くに1時間、2時時間でもと、画用紙の絵に鉛筆と水彩絵の具で描きとめたもので、2本で1週間くらいはかかったかもしれない。幸い冬場であったので花は長持ちしてくれたのだけど、それでも、仕事から帰途に着くときには、どうか、花びらが散っていませんように、と祈らずにはいられなかった。
チューリップを描いていると、花びらが開いたり閉じたりするのに気が付く。光に感応して花びらの開閉が行われるのだけれども、私には鳥や何かが羽を広げて羽を閉じているように見える。ことに白い花びらのものは、白い鳩や天使のようにも見えてくる。花の間を光が通り抜け、花びらの襞が繊細な影を作り出す。こちらも息を殺すように花と対峙して写生しているので、花のかすかな衣擦れのような、花びらがこすれる音さえも聞こえるような気がしてくる。その時間は、まるで花と親密な会話をしてようで、愉しい。
時間が経ち、重くなった花びらを支えきれなくなり、長くしなやかな茎が曲線を描いて低く垂れさがってくる。そして、時が来ると、花びらがまず一枚、卓上に落ちる。すると、花全体が揺らぎ、その衝撃で、2枚目が、そして3枚目が落ちる、それを待たずに茎は重さから解放されて、今はまっすぐに天に向かって立ち上がる。
何度、この瞬間に立ち会ったことだろう。動揺とも、哀しみとも言えない不思議な衝撃が心をよぎる。ただ、何か、神聖で厳かな場面に立ち会った証人のように、わたしは、しばらくは茫然と卓上に散らばった花弁を眺めている。
今回の個展では、チューリップを、そして、春に咲く花々を描いた作品を展示します。ちょうど、哲学の道の桜が美しいこの時期に会をさせていただけること、とても感謝をしています。ご高覧頂けましたら幸いに思います。
平成8年 春 今井康雄
A White Tulip A (白いチューリップA)
36.0ⅹ22.8 cm Acrylic on wooden pane、板にアクリル絵具、

